発酵食の歴史 : 6


チーズ

発掘調査によれば、世界最古のチーズの痕跡は紀元前6000年にさかのぼる。つまり我々は8000年前からチーズを食べていたことになる。

こうした遺跡でウシの骨を調査してみると、成牛よりも生後6〜9ヶ月の仔牛の骨のほうが圧倒的に多い。これはつまり、授乳期を過ぎた幼牛はその時点で屠殺され、塩漬けにして保存されていたことを示している。

というのも、仔牛が授乳期を過ぎると、母牛はお乳を出さなくなってしまうからだ。
「母牛が乳を出さなくなったんだから、これ以上仔牛を育てるのはエサがムダなだけだ」という考えから仔牛を屠殺していたのである。
(※現代の母牛が一年じゅうお乳を出すのは、ホルモンを投与されているからである)

ここからわかるのは、

肉を食べるためにウシを牧畜していたのではなく、
「ウシの乳を搾るために牧畜していた」

ということである。

つまり 《肉よりもチーズが先》 なのである。

「農耕牧畜民」ではなく、「家畜を飼育している狩猟農耕民」というのが正しい。

若いうちに屠殺したウシの肉は、あくまでも乳製品の副産物であり、その逆ではない。

ジャン・ドニ・ヴィーニュによると

「狩猟民が狩猟をやめて牧畜を始めるには、牧畜が狩猟に比べて、量というより質の点で”利益をもたらす”ようにならなければならない」

という。

居住地の炉の周辺で見つかる哺乳類のサンプル数を調べると、家畜に対して狩猟獣が減少するスピードはゆるやかだったことがわかった。
家畜の数が狩猟獣を上回るのは、ようやく紀元前7000年になってからにすぎない。
それは、まずミルクを含む二次産物のために動物が飼育されるいっぽう、狩猟が肉の需要の大部分をまかないつづけたことを示している。

乳を分解する酵素–ラクターゼ

さらに研究によれば、当時の人間はまだ成人年齢でラクターゼを合成できなかったことが明らかになった。

ラクターゼは、哺乳類の小腸のなかで生成される酵素で、ラクトース(乳糖)をグルコース(ブドウ糖)に変えて消化しやすくする。

この酵素はあらゆる種の赤ん坊において、母親に依存する年齢まで、つまり乳の消化が生存に欠かせないあいだ生成される。

しかし成人になると、もはやラクターゼを生成せず、ラクトースに対して不耐性になる。

新石器時代の人間は、最初にミルクを飲んだとき、たびたび消化不良に悩まされていたはずだ。

しかし遺伝子の突然変異により、人間は成人になってもラクターゼを分泌できるようになった。

現在90%のヨーロッパ人がこの突然変異に由来する遺伝子をもつと推定されているが、東アジアの人々にはこの遺伝子がない。

実はこの変異は”突然”に起きたものではない。

発酵乳製品を日常的に食べるようになったことで、”変異に有利にはたらいた”のである。

実際、発酵によってラクトースは完全に消化吸収できる乳酸に変わるので、人体はラクターゼを必要としないのである。

要するに人類は、
「生乳を飲むためにウシを家畜化した」のではなく、
『ヨーグルトとチーズを食べるためにウシを家畜化し、その後数千年を経たあと、生乳が飲めるようになった』
のである。

発酵が最初から動物を飼育する人々のあいだに存在していたのは、それが必要だったからだ。

発酵がなければ、大人になってミルクを飲食できなかったのである。


コメントを残す